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zoom RSS しゃぼんだま

<<   作成日時 : 2018/03/03 22:38  

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だいぶんと暖かくなってきました。
近所の子がしゃぼんだまで遊んでいるのを見て

「しゃぼんだまのうた」 で おかしなことに気がつきました。
 
かぜかぜふくな しゃぼんだまとばそ・・・・・・
 
しゃぼんだまをとばそうとすると風が必要です。
その風をふくなということは、まして屋根まで飛ばそうとするならば、
風の力が必要になります。
  
という訳で、気になりましたので少し調べてみました。(ウィキペディアより抜粋)
  
しゃぼんだま)は、野口雨情作詞・中山晋平作曲の日本の童謡である。
童謡としては1923年(大正12年)に中山晋平の譜面集「童謡小曲」に発表されたが、
詩自体が最初に発表されたのは1922年(大正11年)のことである。
仏教児童雑誌『金の塔』にて発表。

昭和11年には野口雨情によって「シャボン玉」の3・4番の詩が追加された。

歌詞にはシャボン玉で子どもが遊んでいる様子が描かれているが、
これに夭逝した子供への鎮魂の意を見出す説もある。

1908年、雨情は後に協議離婚に至った妻のひろとの間に、長女「みどり」をもうけた。
人形のように愛らしい赤ん坊であったが、産まれて7日目に死んでしまった。
当時は、乳幼児が死ぬのはさほど珍しいことではなく、2〜3割の子供が学齢前に死亡していた。
そのため、夫婦は子供を何人も産み、一所懸命育てた。
雨情もその後何人かの子供を授かっているが、長女の死を後々まで悔やんでいたという。
雨情は後に生まれた娘・恒子も亡くしている。
当時、2歳。1924年(大正13年)9月のことである。

そしてある日、
村(茨城県多賀郡磯原村)の少女たちがシャボン玉を飛ばして遊んでいるのを見た雨情が、
娘が生きていれば今頃はこの子たちと一緒に遊んでいただろうと思いながら書いた詩が、
この「シャボン玉」だというのが最もよく知られる説である。
しかし、これを裏付けるような決定的事実は無く、
説の段階を越えていないとも言われている。


この歌ができた背景をご存知でしたか?
何か切なく悲しいですね・・・・・・・


こんなサイトがありました。
 
http://classic-midi.com/midi_player/uta/uta_shabon.htm

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