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zoom RSS 意見その2

<<   作成日時 : 2018/02/22 14:05   >>

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【意見その2】
震度3クラスが日に1、2度お越しになる。
動じる者などいもしない。庁内の夜間待機職員もどどっと減った。
当初は道路・土木・建築関係が一晩中待機し、電話があるとすっ飛んで出て行った。
実際、電話もよく鳴っていた。今鳴る電話は「文句」である。

公務員は住民につくさねばならない。
そんなことはわかりきっている。住民になにを言われても「申し訳ありません」とまず言わねばならない。
わかっている。公務員の方から住民を批判することは許されない。
しかし、自分の家のことは忘れ、とにかく夜も寝ずに役所に詰めたこの1週間、
「それがおまえらの仕事だろう」と言われるだろうが、どうしても我慢できないこともある。
腹に据えかねた数々を今日は一気に噴出させてあげよう。
わたくしの憤り、多くの職員の憤り。日本でも類をみない公務員から住民への苦情である。

今回の震災でもっとも幸運だったことは死者が出なかったこと。
次の幸運はライフラインが確保されていたことである。
デパート、スーパー、コンビニ、ファーストフードはすべて健在だった。
地震直後から2、3日、コンビニからは弁当、おにぎり、パン、カップ麺、ペットボトルのお茶・水がきれいに姿を消した。
入荷しなかったのではなく、入荷直後にどかんと売れてしまうのだ。
コンビニ側も発注数を大幅に増やしたが、それでもすぐに売り切れた。
しかしビールはまったく売れなかったようである。人間、アルコールを口にするのは余裕があるときのみらしい。

地震直後に各公民館を避難所として開放。多くの被災者が駆け込んだ。
家が倒壊した人、家は無事だがたんすが倒れたり、ものが飛び散ったりして寝る場所がないけど片付ける気力が今日はない人、
そして物質的被害はないが余震が怖いという精神的被害を受けた人。一時は600人近い被災者が避難所にいた。
3連休中はその状態が続いた。予想できたことだった。
10月10日になり、勤務が始まれば減るだろう、そう読んでいた。読みはやや外れた。
被災者はなかなか帰ろうとしなかった。家が片付いても帰らないのである。
現在、避難所生活をしている人のうち、
本当の被災者が果たして何%いるのだろう?次の事例からご判断いただきたい。


1日3回、食事が出る。
他の市町村は県に一括依頼をしたらしいが、わたくしたちの自治体ではそんな話を聞いていなかったので独自調達を行った。
県が仕出し屋を1つ、完全に抑えてしまったので、わたくしたちはいろいろなところにお願いをすることになったのだが、
このお願いを聞いてくれたところが親切なところばかり。とんでもなくよい弁当を信じられない安価で提供してくれたのである。
そんないい弁当が3度3度出るのだから、それはもう・・・・。
夜は家で寝るが、食事時だけ避難所に来る、という人たちが数多く現れたのである。
もう1度、思い出していただきたい。ライフラインは確保され、店は通常営業をしている。


震災もやや落ち着き、3度3度弁当を出すのもどうか、という考えが出てくるのも上のようなことがあれば当然である。
そもそも1日の1人あたりの食費はある程度決まっており、それを楽々オーヴァしていた。
日本一ぜいたくな被災者用給食として語り継がれるのは間違いない。
朝デパートのベーカリーの焼きたてパンに牛乳、バナナ、昼はローソンの松茸弁当、
夜にサティのとんかつ、唐揚げ、しゃけ、中華各弁当からお好きなものをお選びください。どうですか。
見直しが図られた結果、朝はパン、昼おにぎり、夜だけは弁当ということになったのだが・・・・
朝のパンを届けたときのこと。被災者の1人がこう言ったらしい。
「またパンか・・・・」
本当に食べるものがなにもなければ、パン1個、おにぎり1個でもどれだけありがたく感じることだろう。
結局、この人は困っていないのだ。


昼のおにぎりは50個単位でトレーに入っていた。
避難所ごとにそのトレーを配ってもらったのだが、そこでこういう言葉があったらしい。
「皿に乗っていればいいのに。」


ゴミは当然出る。弁当の入れ物、牛乳のパック、ペットボトル、割り箸、食べ残し・・・・いくら非常時とはいえ、
実際にはほとんど平常時、ゴミは分別して出すべし。
しかし被災者たちは、決してそんなことはしなかった。全部まとめてポイ。
避難所に詰めていた役所の職員がやむを得ず分別を始めた。もちろん被災者は知らぬ顔。
1人の子供が手伝ってくれたそうである。そんな立派な子供もいるのだ。その子供の母親、
分別している職員の横を通りかかり、
「あら、うちの子がジャマしてごめんなさい。」
そう言うと、どこかに出て行った。


完全にホテルと勘違いしている人もいる。
もう被災者もいなくなったため閉鎖していた避難所があった。
すると災害対策本部に電話が。「開けてください。」
無視するわけにはいかない。慌てて職員が飛んでいくと誰もいない。?
相手にもう1度聞くと、「明日の夜、入りますので、開けておいてください。」
予約だったらしい・・・・
食事だけをしに来る人もいるが、こんな宿泊客もいる。
「夕食のときに、明日の朝食を何人分、持って来てくれますか?」
朝食が来るのを待っていると、子供が学校に遅れるからだそうだ。
その避難所のすぐそばにはコンビニが毅然として建っている・・・・

そう、彼らは被災者でも避難民でもなく、宿泊客なのだ。
腹が立ってくる。食事だけ食べてとっとと帰る人。食事を食べて、風呂に入ってまた寝に戻ってくる人。
3食昼寝におやつつき。そりゃいいだろう。
もちろん本当の被災者にそんな言葉を言うつもりはない。しかし本当の被災者はごくごく一部であることを知っている。
なぜわかったかというと、ここだけの話だが、避難所にいる人のほとんどが生活保●者と税●滞納者だったからだ。

そもそも地震翌日には、イヌの散歩をのんびりしている人もいたぐらいである。
「震災」の雰囲気がもっとも色濃いのは実は役所の中だったりする。
被災者と呼べるのはほんの一握りの住民と、公務員なのではないか、という気がしてきた。
1週間経って、罹災証明の発行受付が始まったが、黒山の人だかりである。
ああ、本当の被災者がいたのだ、と不謹慎な考えを持ってしまったほどである。
そしてこの証明を取りに来た人のほとんどは、今、自宅で暮らしているのである。
被災者は避難所にいるのではない、役所にいるのだ。

ここまで。

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